2014年7月19日土曜日

座禅

今朝は、早く起きて友人の在籍する大学の座禅堂に行ってきた。

座禅は、中学の修学旅行以来で、中学のときも少し体験させてもらった程度だったので、
今日がきちんと座禅を体験する初めての時間だった。

この大学の座禅堂は、100年以上続く座禅部の由緒正しき場所だそうで、
初めての場所としてとても良い場所を用意してもらえたことにとても感謝している。

30分間を2回。計1時間座った。

ただ、座る。

この座るという行為が、どれだけ難しいものなのか、
頭で考えていたよりもずっと思考は止まらなかった。

自分の思い描く座禅の理想像と、今の自分の心象風景とのギャップ。

その差を考えてしまうこと自体が、理想と離れていく。

まさに禅問答な思考の中で、

いつの間にか、足のしびれを忘れ、鼻の頭のかゆみを忘れ
ただ、座っている時間が少しだけ訪れた。

その次の瞬間、

あ、今ポイントに入ったと思考してしまう。


ランナーズハイの時は、走り続けている限りそこに留まれるが、
ただ座る行為において、留まることの難しさ。
それを体験できたことに、大きな喜びを感じる。

いつでも、どこでも出来る行為ではあるが、
いつもと違う特別な場所で座る意味を強く感じた。


思考は、過去や未来に存在する。
思考するのを止め、ただ、今というもののみを感じること。
と友人は僕に伝えてくれた。

考えてみれば、楽器を奏でている時は、いつもその状態だ。
音楽というものの素晴らしさを、座禅を通して再認識出来た。

また、座りにいこうと思う。


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